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CALET開発の歴史と観測

【概要】日本においては1970 年代からエマルションチェンバーによる高エネルギー電子観測が西村純等によって行われ[J.Nishimura et al.: ApJ 1980],この分野で世界をリードして来た伝統がある.我々は,1993年度から科学研究費の配分を受けて,その利点を取り入れた気球搭載型のイメージング・カロリメータ(BETS) の開発を開始した,その後,4回の国内実験と南極周回気球実験(PPB-BETS) により,世界に先駆けて10-1000GeV における電子+陽電子スペクトルの観測に成功している[S.Torii et al.: ApJ 2001, K.Yoshida et al.ASR 2008].電子・陽電子の観測は近傍加速源や暗黒物質といった宇宙科学の重要課題と密接に関連しており,現在では宇宙線研究のメインテーマとなっている.我々は,BETS の経験からCALET 計画を立案し,日本宇宙フォーラムの支援により1998年度から2003年度にかけてCALETの概念設計を行なった.その成果をもとに,宇宙航空研究開発機構(JAXA)の日本実験棟「きぼう」(JEM)船外実験プラットフォームの第2 期利用公募に応募して,その実現性と独創性が評価されてポート占有ミッションとして2009年に採択されるに至った. その後は,JAXAプロジェクトとして宇宙環境利用センターにおいて, IHIエアロスペース等とともに装置開発を行い,2015年3月の開発完了審査の後フライトモデルを種子島宇宙センターに輸送し、8月にH2Bロケットに搭載された「こうのとり5号機」により打ち上げに成功している。

CALET では,JAXA と早稲田大学の間でかわされた「覚書」により,JAXA は搭載装置製作と軌道上運用に責任を負う一方,早稲田大学は要素技術開発と軌道上データ解析による科学成果の発信に義務を負っている.さらに打上げ後の軌道上観測装置のリアルタイム監視にもとづくミッション運用は我々の責任で行う必要がある.この為,CALET 打上げ以降の軌道上データ解析は,早稲田大学理工学研究所内に構築する「Waseda CALET Operations Center (WCOC)」において実施する.軌道上運用は「つくば宇宙センター(TKSC)」内のISS 管制センターにおいて遂行されるが,ダウンリンクされた生データはインターネットを通じてWCOC にリアルタイムで送信され,WCOC において24 時間体制での観測オペレーションを実施するとともに、国際共同研究体制により観測データの科学解析を行い科学成果を発信している.

【気球実験:BETS, PPB-ETS(1993-2004)】

CALETによる観測を推進するためには、1993年以来4回の三陸大気球観測所(宇宙科学研究所)でのBETS (Balloon borne Electron Telescope with Scintillating fiber)気球実験による電子、γ線観測と、2004年1月に行った昭和基地における南極周回気球実験の経験が非常に貴重であると考えている。飛翔体実験に共通なプロジェクトの推進体制の構築やスケジュール管理を行い、世界に先駆けてシンチファイバーを用いた宇宙線シャワーの可視化による電子、γ線の観測を実現してきた。イメージングによるγ線観測は、COSBやEGRETでスパークチェンバーを用いてすでに行われているが、電子観測では我々が世界で始めて飛翔体実験において成功したものである。従来のエレクトロニクスを使った観測装置では、電子選別やエネルギー測定、トリガーを別のシステムで行うために大型化が避けられず、電子選別も1TeV以上は原理的に不可能である。BETSでは、唯一TeV領域の電子観測に成功しているエマルションチェンバーの長所を、エレクトロニクスを用いて実現することで観測に成功している。

しかしながら国内における気球観測では飛翔時間が1−2日間に制限されるため、100GeV以上の観測が困難なことから、南極大陸を一周する南極周回気球による長時間観測を計画した.国立極地研と宇宙科学研究所との協力により,PPB(Polar Patrol Balloon)-BETSを開発し、南極昭和基地から放球後14日間の観測を実施した。この観測では、衛星リンクのデータ通信や真空条件など、将来の宇宙空間での観測に必要な技術が開発された.その結果、当時としては世界で初めて1000GeVに及ぶ電子観測をエレクトロニクスを用いた装置で初めて実現している.

PPB-BETS-03
2004年に行われた南極における気球実験の様子と搭載した検出器(PPB-BETS)

【CALETの概念設計(1998-2003)】

BETSでは、気球搭載用のイメージ増幅型CCD(Image Intensifier)カメラを新たに設計、開発して、約1万本のシンチファイバーの読み出しに用いてきた。しかしながら、このシステムは構造や重量、トリガー方法などにおいて宇宙環境での利用に不向きな点が数多くあり、宇宙実験のために光電子増倍管による読み出しシステムの開発が不可欠であった。このようなCALETの装置要素開発と国際宇宙ステーション日本実験棟(JEM)曝露部の搭載適合性を検証する目的で、日本宇宙フォーラムの「宇宙環境利用のための公募地上研究」に応募して、フェーズIA(概念設計)研究を以下のテーマと期間で実施した。

○ 1998年度~2000年度
「シンチファイバー測定器を用いた高エネルギー宇宙電子、ガンマ線の観測」
CALETで必要な装置要素技術の開発を、シミュレーション計算、ビームテストによる装置の最適化研究を含めて実施した。ISSの搭載条件を満たす数万本のシンチファイバーを読み出すシステムの開発では、当初予定したイメージインテンシファイャーの改良研究に加えて、多アノード光電子増倍管を用いるシステムの開発にも着手した。

○ 2001年度~2003年度
「高エネルギー電子、ガンマ線観測装置(CALET)の概念設計」
CALETの概念設計研究が承認され、光電子増倍管による読み出しシステムなどの要素技術開発に加えて、打ち上げ時、軌道上での成立性を確保するための解析や装置開発、試作をJEM、搭載機器に開発経験のある、IHIエアロスペース、明星電気等のメーカと共同で実施し、所期の目的通りの成果を挙げて研究を終了した。

fec光電子増倍管読み出し用のフロントエンド回路(左)とその製作の様子(右)。1個の64アノード光電子増倍管(左上)を4枚の基板で構成されるフロントエンド回路で読み出す。この回路には、32chのVA32HDR14が2個、16bitADC、FPGAとともにマウントされている。

【気球実験:bCALET 及び CALET要素技術開発(2006-2013)】

それまでの開発成果をもとに気球搭載用のCALETプロトタイプ(balloon CALET: bCALET)を開発し,2006年にCALETの性能実証を目的とした約1/16スケールの1号機(bCALET-1)により、ISAS三陸大気球観測所により約6時間の気球実験を実施して、初めてCALETの原理による電子観測に成功した。その後,科学研究費基盤S(2009年度-2013年度)「高エネルギー電子・陽電子観測による暗黒物質・近傍加速源の探索」により、約1/4スケールの2号機(bCALET-2) の開発・製作を実施して、2009年にJAXA大樹航空宇宙実験所で約4.5時間の気球実験により地磁気の影響を受ける低エネルギー領域(1-30 GeV)の電子及び大気ガンマ線のエネルギースペクトルの観測に成功した.この結果、CALET開発のための要素技術が確立し、国際宇宙ステーションでの観測が可能な観測装置の基礎開発に成功した.それに引き続いて、CALETで実際に使用するセンサー及び回路素子の試験・製作を実施して、要素技術・部品として利用している。

      bCALET-2_taiki
製作中のbCALET-2検出装置と,JAXA大樹航空宇宙実験場にて気球に搭載され格納庫から搬出されている様子

 【CALETの開発・製作及び地上システム構築(2009-2015)】

2009年に日本実験棟「きぼう」(JEM)船外実験プラットフォームの第2 期利用公募に採択されたあと、2010年にCALETはJAXAにおいてプロジェクト移行し、有人宇宙ミッション本部(当時)が、早稲田大学、ASI(イタリア宇宙機関)及びNASAと共同でミッションを推進し、2015年3月に開発完了審査を完了している。搭載装置は種子島宇宙センターにおいて「こうのとり(HTV)」5号機に搭載されて、2015年8月に打上げられた。

 写真:(C)宇宙航空研究開発機構(JAXA)
389646a36127fa4b6cd7e87ff6cf418aH-IIBロケットによる打ち上げや、宇宙の厳しい環境に長期間さらされても観測が続けられるよう、さまざまな試験と厳しい審査をクリアし、ISSへ!

搭載装置の製造と並行して、CALET地上運用システムの構築が行われ、TKSCの地上運用システムと早稲田大学のCALET Operations Center (WCOC) の設置による軌道上データ監視及びデータ解析システムの開発をおこなった。軌道上初期チェックアウトシナリオ及び運用文書等の作成も同時に行い、早稲田大学で製作した観測模擬データを用いたTKSCとWCOCの間でのデータ送受信に関するインターフェース試験をクリアし、準備を完了した。計画当初,観測は2年間(5年間目標)を予定しており、現在、WCOCでは24時間体制で軌道上観測データの監視を行うとともに、国際共同研究チームにおいて科学データ解析を実施している。